「野獣知るべし」主催のご挨拶
2009年、松田優作が生まれて60年、亡くなって20年という今年。各メディアではこぞってその人間像と人生と偉業の特集が組まれ、オフィシャル的にも様々な企画やイベントが開催されました。命日である11月6日には最初で最後の公式ドキュメンタリー映画「SOUL RED」も公開され、老若男女問わず優作に心を撃ち抜かれたことでしょう。
亡くなった方に対して、一般的にもよく「時々思い出してみんなで語らうことが最も供養になる」という表現をします。そんなとき、その故人は生き生きと私たちの中でまた動き出し、語り始めてくれるのです。
優作の場合、命を削る結果となるまで映画を愛し抜いた彼への一番の供養は、彼の遺してくれた作品を観ることだと思います。しかし、優作が亡くなって何年も経ってから彼を知った、私のような後追いのファンにとっては「供養」という表現自体に違和感を抱いてしまいます。そこに生まれる湿っぽさが、あまりにも「松田優作的ではない」と考えているからです。
リアルタイムで優作に憧れることのできた方々を羨ましく感じる反面、想い出がある分どうしても湿り気を帯びがちなその思慕に対して、私は敢えて異を唱えたいとずっと思っていました。
「あなた方に湿っぽくなられると、優作がそこで止まってしまう」と。
もちろん、ファンの方々にはそれぞれの優作の楽しみ方・愛し方というものがあることは重々承知の上で、しかしこういう考えに至ったのは、「後追いのファンである自分が受けたような衝撃と興奮を、優作を知らない世代に伝えなければいけない」という一心からです。
この情報化社会において、インターネットの海の中で優作を語り合うという行為が存在すること自体は、ごく自然なことだとは思いますが、これも「松田優作的ではない」と私は考えています。ネットは、情報を掲示したり得たりするためには非常に便利でお手軽なものである反面、やはり生身の人間の熱意を何ら超えるものではないということもまた証明済みだからです。「恩返し」としてより素晴らしい方法論があるのならば、そちらを選ばなければやる無意味がないのです。そこで、トークイベントという形態での非公式的なファンイベントを開催することにしました。
私は、松田優作をいう人間を知ったことで得た様々な出会いや思い出のために、「供養」ではなく「恩返し」をしたいのです。
一介のシンガーソングライターでしかない自分なりの方法・演出・提案により開催するこの非公式なトークイベントを、松田優作ファンの方々と共有できましたら、現段階での最高の「恩返し」が出来ると信じています。非公式なイベントならではの、お酒を交えたファン同士の交流の場を作れるよう鋭意努力してまいりますので、お時間のございます方は是非とも遊びに来ていただきたく存じます。
メディアで語られがちな「松田優作のカッコよさ」というものは、知れば誰でも分かることです。使い古された切り口ではなく、もっと新しい視点でもって松田優作に接していけば、私たちはもっと松田優作を楽しむことができるのです。
「野獣知るべし」というイベントタイトルは、映画「野獣死すべし」のパロディーでありつつも、テーマの核心でもあります。冗談か本気か分からない、ギリギリのところで生きていきましょう。
2009年11月
シンガーソングライター ヒトリカンケイ |